火星の大気を考える
火星でも地球と同じように空に色々な雲があり、台風まで起きている。
色々な探査機の画像を見ていると地球と変わらないように思えてくる、
「1/100以下と言われる大気圧で本当に可能なのであろうか?」
昔から抱いていた、そんな疑問をできる限り理論的に調べみた、渾身のレポートである。
- パラシュートはちゃんと機能するの?
- 流れ星の画像が有るけど? →
- 雲や砂嵐は? →
パラシュート編
火星大気中で探査機はパラシュートで降下すると説明されていますが、本当に妥当な速度になるか考えてみました。
大気中の落下速度はやがて重力加速度と空気抵抗がつりあい一定の速度となります。
これを終端速度といい、理論的には右の式で表します、
これから終端速度は重力、質量、大気密度、投影面積の平方根に比例する事がわかりました。
そこで、スカイスポーツで使用する緊急パラシュートのデータを基準にして比例計算してみました。
探査機の降下時重量は、ローバ185kg+着陸システム348kg+バックシェル&パラシュート209kg=742kg
探査機のパラシュートは右の写真から、直径≒8mと判断しました。
火星の大気圧はバイキング号の観測で 6.8〜10.2hpだったので低めの1号の値を使用。
スカイダイビングで使われるスクエア形は翼としての揚力をもつので、より近いラウンド型の緊急パラシュートと比較。
緊急パラシュートのデータはいくつか有りましたが、良い物(降下速度が遅い)を採用。
降下時の質量はパラシュートも含め計算するのが正しいのです。
ビーグル2は説明ビデオによると2回パラシュートを使い、途中でシェルを破棄しています。逆噴射ロケットは使っていない模様。
着陸機33.2kg+エアバック&パラシュートの重量が不明で、ランダー全体で60kgから推測。
パラシュート径も推定できる資料が無いので仮定です。
|
重力加速度 |
大気(hPa) |
重量(kg) |
投影面積(m^2) |
速度(m/s) |
時速(km/s) |
備考 |
基準値 |
9.80 |
1013 |
125 |
39.4 |
5.0 |
18.0 |
|
MER、地球の場合 |
9.80 |
1013 |
742 |
50.3(r=4m) |
10.8 |
38.8 |
|
MER、火星 |
3.712 |
8 |
↑ |
50.3 |
74.7 |
268.9 |
|
|
0.615 |
11.253 |
2.436 |
0.885 |
|
|
速度倍率 |
パラシュートが大きい場合 |
3.712 |
8 |
↑ |
581.1(r=13.6m) |
22.0 |
79.1 |
発表速度で仮定 |
大気が濃い場合 |
3.712 |
92 |
↑ |
50.3 |
22.0 |
79.3 |
同上 |
大気が濃い場合2 |
3.712 |
383.7 |
↑ |
50.3 |
10.8 |
38.8 |
|
ビーグル2 推定 |
3.712 |
8 |
45 |
50.3 |
29.9 |
107.6 |
|
ビーグル2 推定2 |
3.712 |
8 |
↑ |
186.3(r=7.7m) |
15.5 |
55.8 |
発表速度 |
MERは重量が重いだけあって、地球上でもそれほど遅くならず、火星では新幹線なみになりました。
公式発表の大気密度でも、意外とパラシュートは効いてそれなりの速度になった感じである。
もちろん、このままでは早すぎるが、MERは接地の直前に逆噴射ロケットを使って22m/s位に減速したと説明しており、筋は通っている事になります。
(大気が濃ければ、より速度は落ちるので楽になる)
一方、ESAのビーグル2は発表されている速度に対して早すぎるし、逆算したパラシュート径は大きな物になってしまいました。
残念ながら失敗だったのでなんとも言い難いところですが。
(原因は軌道上の探査機で発見できていない事から、パラシュートが開かず激突した?と考えています。)
流れ星 編
地球では流れ星はだいたい高度100km前後のとても薄い大気と衝突して発光しているそうで、
隕石として落下してくるような遅い流星では、発光点の高さが70kmくらいのこともありますが、
多くの流星はこの高度でもう消滅してしまっているそうです。
右の図から、
地球の100km≒火星の85km
地球の70km≒火星の52km
となり、公式発表の大気密度でも十分に流れ星は発光することになります。
注、グラフは本(惑星U)から読みとったので誤差があるかもしれません。
別ページに探査機が撮影した流れ星の画像があります。
雲、砂嵐 編
雲は非常に小さな水滴でできており、落下速度がとてもゆっくりなので、浮かんでいるように見えています。
粒が小さくなると大気の粘り気(粘性)の抵抗による影響が大きくなり、落下速度が遅くなります。
一般的に雨滴として落下し始める大きさは、直径0.1mmくらいかららしい。
黄砂も同じ理屈です。
簡単に書くと、「重力による加速 = 速度圧力による抵抗+粘性による抵抗 → 終端速度」
ここで粘性係数は圧力に依存しない、のがポイントです。
(大気密度が希薄になると物体に当たる空気分子は減るが、分子の運動距離は長くなるのでエネルギーは同等となる)
温度依存はあるので地球より50度低く二酸化炭素が主成分として計算。
(さらに密度が希薄になり分子の運動距離がとても長くなると、また別らしい)
雲の高さを2000mとすると、火星と地球の大気密度比は地上よりやや差が少なくなるので、1:100で計算。
直径(mm) |
0.02 |
0.02 |
0.05 |
0.05 |
0.1 |
0.1 |
0.2 |
0.2 |
重力加速度 |
9.80 |
3.712 |
9.80 |
3.712 |
9.80 |
3.712 |
9.80 |
3.712 |
大気密度(kg/m^3) |
1.20 |
0.012 |
1.20 |
0.012 |
1.20 |
0.012 |
1.20 |
0.012 |
雲粒(m/s) |
0.012 |
0.011 |
0.071 |
0.070 |
0.240 |
0.277 |
0.690 |
1.023 |
砂粒(m/s) |
0.032 |
0.030 |
0.180 |
0.185 |
0.560 |
0.714 |
1.470 |
2.530 |
粒径0.1mm未満では終端速度は同じくらいであり、公式発表の大気密度でも雲や砂の粒子は浮遊できると考えて良さそうです。
また雲を作る上昇気流についてはどうだろうか? 上昇気流(サーマル)のできやすい条件は
- 高度にしたがって気温が下がる (この割合は地球より少なく不利)
- 昼と夜の温度差が大きい
- 乾燥している
- 十分な日照がある(雲が少ない)
と、火星の環境にけっこう合っています。
火星は高い高度でも雲ができる
火星では高度30〜40kmに雲ができているのが撮影されており、地球の9〜16kmと比べるとずいぶん高い。
これは主に地球ではオゾン層が近紫外線を吸収し大気を暖めるため高度が上がっても気温が下がらなくなり、上昇気流はそこで止まってしまいます。
(サーマルの上昇が逆転層で終わる事と同様)
一方、火星では高度40km前後までは気温は下がって行くので、上昇気流は止まらない、と言う事らしいです。
注、グラフは本(惑星U)から読みとったので誤差があるかもしれません。
火星で音は伝わるか?
希薄な大気で音が伝わるか実験した人がいました。
結果は「地球上より弱いものの音は聞こえる」ということでした。
それでも残る謎
全体としては、薄い大気でも説明が付くようで、少々意外であった。
地球の1/100未満と言っても真空との差は大きいようです。
ただ、MERの合成画像などから空は明るく、青空である事は間違いなさそうである。
ハッブル宇宙望遠鏡の画像でも青く光る大気が写されています。
しかし、地球の高空で撮影された画像では空は黒く写っているのです。(右は高度16km)
また、高度16〜17kmを飛ぶコンコルドに乗った人は次の様に言っています。
「見慣れたジャンボ機の窓から見る空の色とまったく違い、黒っぽい青!濃紺色である。」
青く明るい空は光が大気の分子ぶつかった結果(レイリー散乱)ですから、
黒っぽい=散乱が少ない=大気が薄い、
青い=散乱が多い=大気が濃い、と言う事になります。
また、高度/大気密度のグラフで30km以下が直線的でないのは理論に合わない気もする??
参考にした資料
アストラルシリーズ6 惑星U 発行:(株)恒星社厚生閣
ユニコンカラー双書037 火星への旅、バイキング号の記録 発行:駿々堂(株)
図説 われらの太陽系4 金星・地球・火星 発行:(株)朝倉書店
NASA/JPL Mars
Exploration Rover
ESA Mars
Express
流星物理教室
プロセス流体工学
真空のページ、気体の粘性
科学データ集
バックアップパラシュートSuper OASIS (株)オーバルスリー
Rescue-chute Skyline SURVIVE
など
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初版:2004年10月12日、10月19日修正